硬膜動静脈瘻の診断は意外と難しい
硬膜動静脈瘻は様々な症状を呈するため、症状だけでは硬膜動静脈瘻を診断することが困難な場合は少なくありません。 それに加えて、硬膜動静脈瘻は発生頻度が低く、診断に慣れているドクターが少ないことなどが診断を難しくしている理由です。
一般的に病気を診断する時に患者さんの症状および画像や検査の所見を参考にして、診断をすすめていきますが、症状のみでは硬膜動静脈瘻の診断は難しいことが多く、見逃されている可能性があります。 以下のような場合は硬膜動静脈瘻の可能性があり、専門医と相談することをお勧めします。
- 原因不明な歩行障害: 脊髄の硬膜動静脈瘻による症状である可能性があります。 一般的には脊髄硬膜動静脈瘻の診断は症状およびMRIの所見で判断しますが、MRIでは脊髄のむくみ(MRIでは白く写る)や脊髄周囲の血管の拡張(脊髄の周りに黒い点々として写る)をみて診断します。 しかし、必ずしも上記の所見が揃っていないケースも存在しますので、疑わしい症例は脊髄血管撮影を行う必要があります。
典型的な症例では左右差があっても、両足のしびれ感がなんとなくあることを自覚して、徐々に歩くのが不安定にになる。 その後月単位で症状が徐々に進行する。 途中から排尿障害(排尿しにくい、うまく出せない)などが加わってきます。 整形外科などで脊柱管狭窄症と診断されて、手術までされることもあります。(当然症状は改善しません) 残念ながら、脊髄硬膜動静脈瘻が派生しやすいのは比較的ご高齢の男性の方です。 歩行障害、排尿障害が珍しくない年齢層なので、この疾患を疑われることなく、「仕方がない」ということで片付けられることもあるのではないかと感じています。
あいまいなしびれ感が(ほぼ)両足にあり、徐々に歩行が困難になってきているという症状があれば、一度は脊髄硬膜動静脈瘻を疑う必要があります。
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MRIで典型的な所見についてはこちら - 原因不明の目の充血、眼球突出: 眼科で病名がうまく説明できず、原因不明とされる目の症状の一部に硬膜動静脈瘻が原因であることがあります。 軽度の場合は眼球結膜(白目のところ)の充血が出現し、時間が経ってもよくならない。 さらに、病状が進むと眼球後方の組織のむくみが発生し、眼球が出っ張ってくる眼球突出が加わります。 これと別に眼球運動障害(目がうまく動かせない)が発生し、患者さんの症状としてはものが二重に見えるなどの症状が同時にまたは単独で出現することがあります。 このような症状を呈する多くは海綿静脈洞部に発生する硬膜動静脈瘻で、MRIで診断できることがほとんどです。
眼球の所見の代表(閲覧注意)
MRIでの所見 - 拍動性の耳鳴り: 脈と一致するようなザーザーやシュッシュッという耳鳴りは血管の雑音によるものであることがあります。 このような耳鳴りの場合は良性の症状であり、深刻な症状を起こすことは少ないですが、脳の静脈への逆流などの有無を一度確認することが望ましいです。
- 認知症: 硬膜動静脈瘻によって、脳からの静脈の流出が悪くなるとうっ血が起こります。 うっ血の部位によっては認知症に似た症状が認められることがあります。 同様の仕組みでパーキンソンのような症状を起こすケースもあります。 通常はMRIで診断できますが、読影に慣れていない場合は診断が遅れるケースもあります。
このような場合は通常脳の静脈循環に大きな障害が発生しており、正常静脈の拡張がMRIなどで確認できます。 放置するとさらに重篤な症状に発展する可能性が高く、早期の治療が必要な状況です。 - 脳出血、くも膜下出血: 一般的には脳出血は高血圧性によるものが一番多く、クマもくか出血の場合は脳動脈瘤が原因であることが多いですが、例外的に硬膜動静脈瘻が原因があります。 明らかな出血源が特定できない場合、この疾患を否定する必要があります。
- けいれん発作: 静脈の逆流により、脳にうっ血が起こるとけいれんを起こすことがあります。 けいれんに対する薬物治療のみではなく、原因である疾患が背景にあればそれを治療する必要があります。 自験例では硬膜動静脈瘻の治療例の5%がけいれんで発症します。 ほとんどの場合、脳の「むくみ」を伴っていることが多く、MRIで容易に気がつきますが、そのむくみの原因を脳腫瘍や静脈洞血栓症など別の疾患と診断されたケースは珍しくありません。
- 頭痛: 頭痛は日常的に起こる病状ですが、非典型的な頭痛を精査する場合、こちらの疾患も念頭において、画像を読影する必要があります。 (頭痛の機序は様々であります。 脳のうっ血がある場合と逆流がなく良性のタイプの場合でもみられます)
- 繰り返す脳出血、頭蓋内出血: 脳の静脈の問題が起こると様々な部位に出血を起こすことがあります。 説明がつかない非典型的な脳出血などの場合は硬膜動静脈瘻の可能性も考える必要があります。
こうしてみると硬膜動静脈瘻で起こり得ない症状のほうが少ないのかもしれません。 よって、症状から診断を絞ることや、否定することは基本的にできません。
まとめ
硬膜動静脈瘻の症状は多岐にわたるため、症状のみでこの疾患を診断または否定することができません。 治療可能な疾患であるため、正しい診断が重要です。 十分なMRIの評価、正しい読影が基本となるが、一部の症例は専門医が診ても判断がつかず、脳血管撮影(または脊髄血管撮影)が必要なケースがあります。
治療のところで述べますように、治療は非常に効果的であるため、うまく診断できなかった場合、治療でよくなるものも治療されないままということになりますので、診断が非常に重要な疾患といえます。